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株式会社日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ 古川亮哉 様
株式会社日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ 副代表 長谷川巌 様
東急不動産株式会社 都市事業ユニット 都市事業本部 環境アセット推進部 環境企画グループ部長グループリーダー 渡邉卓也
東急不動産株式会社 都市事業ユニット 都市事業本部 環境アセット推進部 環境企画グループ上席主幹 廣瀬卓也
地球温暖化やエネルギー資源の枯渇といった地球規模の課題に対して、国際的に「脱炭素社会」への移行が求められています。その中で、建築物のエネルギー効率を飛躍的に高めるアプローチとして『ZEB(ゼブ)』の普及が期待されています。ZEBとは「Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」の略で、快適な室内環境を実現しながら建物で消費するエネルギー消費量の収支をゼロにすることを目指した建物のことです。
東急不動産では、ZEBにいち早く注目し、困難だと言われる既存ビルの改修によるZEB化を実現しました。業界に先駆けたZEB改修プロジェクトのパートナーである株式会社日建設計様(以下、日建設計様)のお二人との対談から、その挑戦の裏側をご紹介します。
環境先進企業として、いち早く「ZEB」の知見を蓄積
2050年のカーボンニュートラルに向けて、「ZEB」はオフィスビルなどの建物のエネルギー消費を低減する取り組みとして期待されています。しかし、企業によってZEBへの理解や姿勢は様々。そんな中、東急不動産と日建設計様はどのようにZEBと向き合ってきたのでしょうか。
日建設計 長谷川様(以下、長谷川様):ZEBについては、「コストがかかるのでは」「何でやらなきゃいけないの?」と説明を求められることが少なくありません。そのようななかで、東急不動産は早い段階からZEBの重要性を理解されていたという印象があります。さすが「WE ARE GREEN」というスローガンを掲げている企業だなと。
東急不動産 渡邉(以下、渡邉):“環境先進企業”として、いち早く取り組むべきだと思いました。CO2削減は全ての企業の命題となっています。そこに対してビルオーナーが、テナント企業様へ、より良い解決策を提供できる機会ではないかと。しかしながら、当初は何をどうすれば良いのか手探りの状態であり、2021年から日建設計様と勉強会を開始。データ分析や知見の蓄積から始めました。

日建設計 古川様(以下、古川様):30棟近い新築・既存ビルのシミュレーションを行い、非常に貴重なデータが集まりました。
そこで得た知見を活用して、まずは東急不動産の新築ビルの設計指針の見直しに着手しました。建設コストを抑えながらも環境負荷低減を実現するというコンセプトのもと、ZEBを実現するうえで重要なプロセスやポイントを盛込んだ指針となりました。
渡邉:その過程で、ある発想が私の中で日々大きくなります。既に稼働している「既存ビル」のZEB化です。私は入社した頃に竣工した当時のビルに愛着がありました。それらは現在、築20年を超え、大規模な設備改修工事が必要な時期を迎えています。この機を捉えてZEBという新しい魅力付けができないか。これまでの知見と、日建設計様のお二人がいれば実現できそうだ、という手応えを強く感じました。

東急不動産 廣瀬(以下、廣瀬):我々はビルをつくるだけでなく、管理・運営も行っています。建物設備の修繕計画を立て、その工事を安全に実施するノウハウもあります。それらを組み合わせて既存ビルをZEB化することで、より多くのお客様に、快適性はそのままに、省エネルギーのメリットを提供できると考えました。
「既存ビルをZEB化すること」の難題
当時、既存ビルのZEB化は前例が少なく、実現が困難と言われていました。実際、東急不動産と日建設計様の前にも大きな課題が。それは一体どのようなものだったのでしょうか。
長谷川様:当時はまだ民間のテナントビルでの積極的なZEB改修は聞いたことがなく、しかもテナント企業様が入居している状態でのZEB改修については、デベロッパー各社の中でも実績がないという状況でした。
古川様:お話をいただいた当初は、難しいのではないかと言う印象でした。けれど、それ以上にこれまでのプロジェクトで得た知見を改修に活かして、既存ビルの省エネ化を広めたいと言う思いが強かったです。
渡邉:ビルで消費されるエネルギーは、大まかに言って5割が空調、3割が照明です。照明はLEDに代えることで、比較的容易に消費エネルギーを下げることができます。課題は空調です。入居者の快適性を維持しつつも、省エネにつながる適切な空調容量を設定すること。そのうえで効率的な空調を行うこと。それを支える技術的な解決策が必要でした。

廣瀬:ここに既存ビルならではの難しさがあります。
新築ビルであれば、窓廻りや外装の仕様・デザインの工夫によって、日射の影響を抑えることができます。既存ビルでは、既に入居しているテナント企業様がいらっしゃいます。窓廻りを改修するような大掛かりな工事はなかなか難しい。その中で、快適性と省エネを両立させる適切な空調容量を設定するのは、非常に悩ましい課題でした。
ニーズ以上を提供する“設計の常識”を覆すことが成功のカギ
改修ZEBには、新築ZEBの知見に加え、多くのビルを管理・運営してきた東急不動産と設計最大手の日建設計様の知識・技術を掛け合わせて挑んだそうです。
廣瀬:並行して我々はオフィスの利用実態について大規模な調査を行いました。
コロナ禍を経てオフィスの利用状況の変化もあり、過去数年分の空調運転状況のモニタリングデータを始め、オフィスで使われているPC、OA機器などの電気使用状況、在室人員の変化などにも着目し、データ収集・分析しました。その結果、多くのビルでは従来よりも空調容量にかなりの余力があることが確認できました。
実際にはその能力をフル稼働する機会が減少しており、その結果として、運転効率も決して最適な状態ではありませんでした。
渡邉:共同研究で蓄積された知見と、生のオフィス利用実態データから見えてくることを、日建設計様を始めビルを管理・運営する関係者とも一緒になって議論しました。試行錯誤のうえ、省エネと快適性を両立するための空調容量の適正なラインを導き出すことができました。

長谷川様:データをもとに、空調容量やゾーニングをテナント企業様の使い方にフィットした最適なものにカスタマイズできたのが、成功のカギだったと思います。
廣瀬:空調効率向上という点では、高効率な機器の選定が大きく貢献しました。また「デシカント空調システム」の採用で、夏場はサラッと快適、冬場は加湿器と併用することでしっとり快適な空調を実現します。必要以上に室温を上げ下げすることが無くなります。その他についても工夫を凝らし、省エネ性能のシミュレーションを何度も行い、「これはいける!」と確信を得ることができました。
渡邉:日建設計様には、様々な検討に根気強く付き合っていただきました。工事を完遂して机上の設計上の理論値ではなく、リアルな省エネ効果をお客様に還元したい。そうした思いを共有して、諦めずに何度もトライしました。無理難題にむしろ興味を持って、お互いに前向きに取り組めたことが良かったと思います。
“入居するだけでカーボンニュートラル”なビルを実現
東急不動産は「一番町東急ビル」を皮切りに、恵比寿ビジネスタワー、日本橋本町東急ビルの3棟のZEB化を実現。築20年超のビルで、新築並みの省エネ性能を実現しました。今後はその価値を、テナント企業様に実感していただきたい。そして環境に対するアクションを一緒に起こしていけるような関係づくりのきっかけにしたいと考えているそうです。
渡邉:ZEB改修でテナント企業様の電気使用量は2/3に減少したというデータがあります。「そう言えば知らないうちに、最近、電気代が下がったと感じていた。」とお話しいただいたテナント企業様もいらしたと伺っています。
廣瀬:ZEB化によってトレードオフの関係にあった省エネと快適性が両立できました。さらに東急不動産ではRE100を達成しています。原則としてオフィスビルで使用する電力は、当社の再エネ発電所からの再生可能エネルギーを使用しています。ですからZEBを取得したオフィスビルのテナント企業様は、そこで行う事業活動を制限することもなくCO2排出量が実質ゼロになります。
長谷川様:入居するだけでカーボンニュートラルというわけですね。
こうしたビルに入居したいというニーズはますます高まっていくのではないでしょうか。

渡邉:企業の環境課題への取り組みは、サプライチェーンや投資家、消費者からの要請が高まっています。さらに昨今では、若年層の環境意識の高さもあり、採用活動や人材確保への影響もあると言われています。カーボンニュートラルなビルに入居することをきっかけに、まずはその価値を実感いただきたい。そしてこうした取り組みに共感いただく企業と環境視点での協働が広がると嬉しいです。テナント企業様のESG評価や企業価値向上に貢献できるビルになりたい。
つくる側とつかう側、共にリジェネラティブな取り組みを
改修ZEBを通して見つけた今後の課題、そして次世代に向けたビルづくりについて、それぞれの想いを語っていただきました。
渡邉:テナント企業様やステークホルダーの皆様が、価値を実感できる取り組みを増やしていかなければと思います。ビル改修は表面には見えない部分ですが「入居するだけで環境貢献、使うほど省エネ」そんなビルを今後も増やしていければ良いなと思います。
廣瀬:ZEB化の意義について、わかりやすく第三者へお伝えできるような努力や工夫をしていきたいです。今後、既存ビルのZEB化は当然進めていくものとして、その際には、テナント企業様に共感していただくことが大切ですから。

長谷川様:最近は、サステナビリティではなく「リジェネラティブ(=環境再生)」という言葉を使っています。単に持続可能を目指すのではなく、人間が手を加えることで環境を再生していくという考えです。その一環が今回のZEB改修であると。テナント企業様とお互い工夫してエネルギー消費を下げるための取り組みをしていけるといいですね。
- ※掲載内容は2024年10月取材時のものです。
オフィスビルのご紹介

東急不動産が運営管理する「一番町東急ビル」「恵比寿ビジネスタワー」「日本橋本町東急ビル」において改修工事によるZEB(ZEB Oriented)を達成しました。湿度と温度を個別に制御できる「デシカント空調システム」を導入。省エネと快適性向上のどちらも叶える快適なオフィス空間を実現しました。

ZEB Orientedを達成*
BELS★★★★★ **
*ZEBとは年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した建築物です。
**BELSとは建築物の省エネ性能を表示する認証制度です。